なぜ私は57歳で早期退職を選んだのか|35年勤めた会社を辞めた日
2024年11月、社内のイントラネットに1通のメッセージが流れました。希望退職制度を実施する、という内容です。私にとっては青天のへきれきでした。それから2か月半後、私は締め切り当日に応募のボタンを押し、2025年3月末に35年勤めた第一生命を57歳で退職しました。翌4月1日、FP事務所FPis(エフピス)の看板を掲げました。この記事は、そのあいだに私が何を考え、何を数えたのかの記録です。いま同じ決断を迫られている方に、判断の材料としてお読みいただければと思います。
📌 この記事の要点
- 希望退職の募集は突然でした。私の場合、知ったのは社内メッセージからで、締め切りまでは2か月半でした。
- 割増退職金の額には驚きましたが、決め手にはなりませんでした。決めたのは「残りの働く時間をどう使うか」です。
- メリット・デメリット、事業計画、家計の見通しを1つの資料にまとめ、家族全員が納得するまで話し合いました。
- 原点は40代の4年間です。ご遺族の相続手続きをお手伝いして「助かりました」と言われた経験が、独立の理由になりました。
- 会社に残った同僚の判断も、同じくらい正しいと思っています。これは優劣の問題ではありません。
希望退職の募集は「青天のへきれき」だった
2024年11月、社内メッセージで希望退職制度の実施が全社員に伝えられました。対象は組織を持つ管理職を除く50歳以上かつ勤続15年以上。私はそれまで、こうした制度が導入されることをまったく想定していませんでした。
その日、私は普段どおり仕事をしていました。社内のイントラネットに、経営トップからのメッセージが配信されました。希望退職制度を実施すること、その背景の説明。読み終えたときの正直な感想は「そう来たか」でした。
会社の業績は良かったのです。だからこそ驚きました。世の中でいう「黒字リストラ」というものが、自分の会社で、しかも自分が対象になる形で起きる。そのことに現実味がありませんでした。
メッセージは、セカンドキャリアを応援するためにこれ以上ない条件を用意したこと、そして会社に残る人には「変わる覚悟」を求めるという内容でした。結構厳しい言葉もあるな、というのが第一印象でした。ただ、いま振り返れば、あの率直さはありがたかったと思っています。曖昧に濁されるより、判断がしやすかったからです。
この経緯は、2026年1月に日経BP「Human Capital Online」の取材を受け、記事として掲載していただきました。取材では話しきれなかったことを、ここに書いています。
割増退職金の額を見て、何度も計算し直した
メッセージの直後、人事部から割増退職金の額が知らされました。想像を超える金額で、本当かと何度も計算し直したほどです。ただ、この金額が決め手になったかというと、そうではありませんでした。
全社メッセージのすぐあと、人事部からのメールで、希望退職に応募した場合の割増退職金の額が示されました。想像を超える額で、驚きました。本当かと何度も計算してしまったくらいです。
ここで、FPとしての職業病が出ました。額面を見た瞬間に、退職所得控除はいくらか、手取りはいくらになるか、それを何年分の生活費として見るのか——を計算し始めたのです。
そして計算しながら気づきました。この金額は、私の人生の何かを買い取ってくれるものではない、ということです。数字を見て「辞めよう」と思うのは、順序が逆でした。辞めたい理由が先にあって、その実行を支える資金として金額を評価する。そうでなければ、あとで必ず迷いが出ると思いました。
会社の制度設計は、迷わせないためのものでもありました。締め切りまでのあいだに所属上長との個別面談の機会をつくれること、人材紹介会社の転職支援サービスを会社負担で受けられること。決断を後悔しないための材料が用意されていました。私はその点をありがたく受け止めました。
迷ったのは金額ではなく「残りの働く時間」だった
私には、70歳まで働き続けるという前提がありました。長男が大学を卒業するのは私が70歳になる年です。会社の定年は65歳ですが、60歳で給与は下がります。いずれ独立するつもりでいた私にとって、この制度は「渡りに舟」でした。
私の家庭には、はっきりした事情がありました。長男が大学を卒業するのは、私が70歳になる年です。つまり、私は70歳まで働き続ける必要がありますし、そのつもりでもいました。
会社は2021年に定年を60歳から65歳へ延長していました。ただし60歳で給与は下がります。65歳まで勤めても、その先の5年をどうするかという問題は残ります。だとすれば、体力と気力があるうちに独立して、70歳まで自分の看板で働くほうがいい。もともと、いずれは独立するつもりでいました。
そこへ、この制度です。私にとっては「渡りに舟」でした。予定より早く独立できるうえに、支度金までいただける。驚きはありましたが、判断の方向は最初からある程度決まっていたのだと思います。
もう一つ、モヤモヤしていたことがあります
57歳のとき、社内のジョブチャレンジ制度を使って、営業の最前線への異動を希望しました。役に立てる自信がありました。結果は、残念ながら不合格でした。
これは会社を責める話ではありません。ただ、ミドル・シニア社員のキャリアパスに課題があるのではないか、という思いは残りました。そのモヤモヤを抱えていたタイミングで来たのが、今回の募集だったのです。
家族会議で使った1枚の資料に何を書いたか
制度を使って退職することのメリットとデメリット、独立後の事業計画、今後のファイナンシャルプランニングをすべて1つの資料にまとめ、家族全員が納得するまで話し合いを重ねました。応募したのは締め切り当日です。
ここが、いちばんお伝えしたい部分かもしれません。
早期退職は、本人だけの問題ではありません。家族にとっても重要な問題であり、十分に話し合う必要がありました。そこで私は、メリット・デメリット、事業計画、今後のファイナンシャルプランニングをすべて1つの資料にまとめました。職業柄、他人のライフプランは何百と作ってきましたが、自分と家族のために本気で作ったのは、このときが初めてだったかもしれません。
資料に書いたこと
- 制度を使うメリット:割増退職金の手取り、予定より早く独立できること、再就職支援を会社負担で受けられること
- デメリットとリスク:安定収入がなくなること、社会保険の負担が増えること、事業が軌道に乗るまでの期間が読めないこと
- 事業計画:どんな相談を、どのくらいの数受ければ成り立つのか
- 家計の見通し:向こう10年・20年の収支。教育費のピークがいつ来るか
- うまくいかなかった場合:どの時点で、どう方向転換するか
最後の項目を入れたことが、話し合いを前に進めたと思っています。「絶対にうまくいく」と言い切るより、「こうなったらこうする」と示したほうが、家族は安心してくれました。
話し合いは何度も重ねました。そして応募したのは、締め切り当日ぎりぎりです。迷っていたというより、納得を積み上げるのに、それだけの時間が必要だったということだと思います。
決め手は、40代のご遺族サポートの記憶だった
思いを貫いた最大の理由は、40代で営業の最前線に立った4年間の充実感です。ご遺族に保険金の手続きに加えて相続手続きのサポートをすると、たくさんの感謝の言葉をいただきました。その体験が原点になっています。
私は長く内勤の総合職でした。その私が個人向けの営業職に就くのは、社内ではあまりないことでした。しかし40代で個人のお客さまと直接やりとりした4年間は、会社人生で最も充実していたと言えるほど手応えのある日々でした。
とくに忘れられないのが、死亡保険金をご請求いただいたご遺族への対応です。保険金のお手続きに加えて、相続のお手続きのサポートまでご一緒すると、たくさんの感謝のお言葉をいただきました。お客さまのお役に立てる喜びを、そこで知りました。
その対応が、やがて次のご縁にもつながりました。税理士の先生をはじめとする専門家のネットワークも築くことができ、目標の数字も達成できました。
異動でマネジメント職に戻ったあとも、この手応えが忘れられませんでした。だからこそ57歳でジョブチャレンジ制度に手を挙げましたし、それが叶わなかったからこそ、独立という道を選んだのだと思います。
いま、相続を専門領域の一つに掲げているのは、この4年間があるからです。プロフィールにも書きましたが、私にとってこれは事業領域の選択というより、原点に戻ることでした。
退職の翌日に開業した
2025年3月末に退職し、翌4月1日にFPisを開業しました。間をまったく空けなかったぶん、退職の余韻に浸る時間はありませんでしたが、そのおかげで迷う時間もありませんでした。
退職日は2025年3月31日、開業日は4月1日。まったく間を空けませんでした。
準備の都合で、この日程は動かせませんでした。結果として、退職の余韻に浸る時間はまったくありませんでした。
いま思えば、これはよかったのかもしれません。区切りをつける時間がなかったぶん、迷う時間もありませんでした。
開業から1年あまり。税理士の先生方とのつながりなどをきっかけに、事業は少しずつ軌道に乗り始めています。開業から半年後には、まったく別分野の店舗経営にも関わるようになりました。会社員時代には考えられなかった動き方です。
辞めてわかったこと、そして前職への思い
会社の時間に縛られずに働ける自由がある一方、社会保険や収入の安定は自分で設計しなければなりません。それでも私は、もう会社員には戻れないと感じています。前職への感謝は、辞めたあとも変わりません。
変わったこと
- 時間の使い方が自分の裁量になった:会社の時間に縛られずに働ける自由は、想像以上に大きなものでした
- 社会保険と税金は自分ごとになった:国民健康保険、国民年金、翌年に来る住民税。制度を知識として知っていることと、自分で払うことはまったく別でした
- 収入は自分で作るものになった:これは大変ですが、同時にいちばん面白い部分でもあります
- お客さまとの関係が変わった:会社の看板ではなく、私個人を選んでいただく。責任の重さが違います
第一生命への思い
ここははっきり書いておきたいところです。退職したあとも、第一生命への愛情は変わりません。
経営トップが就任して以来、その経営方針から、きっと、もっと強く、より面白い仕事ができる会社に変わっていくと感じていました。ただ、それは私自身が進みたい道とは違っていた。それだけのことです。会社が悪かったから辞めたのではありません。
むしろ、35年のあいだに培わせてもらったものが、いまの仕事のすべての土台になっています。いつか第一生命からも認めていただいて、仕事のご依頼をいただけるようになれたら——そう思っています。
会社に残った人の判断も、同じくらい正しい
この制度では、対象約4000人に対し1000人の募集枠に1830人が応募しました。応募した人も、残った人も、それぞれに理由があります。早期退職は優劣の問題ではありません。
報道によれば、この希望退職の対象は約4000人、募集人数1000人に対して最終的に1.8倍の1830人が応募したとされています。私はそのうちの一人でした。
一方で、会社に残ることを選んだ同僚も大勢います。そして私は、その判断も同じくらい正しいと思っています。
会社に残れば、厚生年金を積み増せます。健康保険も維持できます。安定した収入で教育費のピークを越えられます。制度の変化を面白がって、新しい会社の姿を作る側に回る道もあります。生涯の手取りだけで比べれば、残ったほうが有利になるケースは珍しくありません。
私が辞めたのは、私に事情と目的があったからです。「早期退職に応募するのが正解」でも「残るのが正解」でもありません。自分の事情に照らして納得できたかどうかが、唯一の判断基準だと思っています。
ご家族の立場でお読みくださっている方へ
ご主人やご家族が早期退職を検討している場合、ご自身の健康保険や国民年金の扱いも変わります。賛成か反対かを議論する前に、退職後の家計を一緒に数字で確認することをお勧めします。
この記事を、ご本人ではなくご家族の立場でお読みくださっている方もいらっしゃると思います。
私の家庭でも、話し合いのはじめは温度差がありました。決めるのは自分だ、という気持ちが私にはありましたし、家族には家族の不安がありました。その差を埋めたのが、あの1枚の資料でした。感情でぶつかっているように見えたものが、実は情報が共有されていなかっただけだったのです。
ご家族の立場では、次の点が直接ご自身に関わってきます。
- 配偶者の扶養に入っていた場合、健康保険をどうするか
- 国民年金の第3号被保険者から外れる場合、保険料の負担が生じること
- 世帯の生活費が、収入の空白期間を何年まかなえるか
- お子様の教育費のピークと重ならないか
当事務所にご相談にお越しくださる方の多くは50代の女性です。ご夫婦でお越しになる方も、おひとりでお越しになる方もいらっしゃいます。ご家族のどちらか一方だけのご相談でも構いません。
同じ制度で辞められた方へ
早期退職の直後は、退職金の置き場所、企業年金の受け取り方、確定拠出年金の移換、健康保険と年金の切り替えが同時に来ます。期限のあるものから順に整理すれば、慌てずに進められます。
同じ制度で会社を離れた方が、この記事をお読みくださっているかもしれません。
退職した直後は、やることが一度に押し寄せます。私自身がそうでした。制度を知っている人間でも、自分ごとになると迷います。実際にいまご相談を受けているのは、次のような内容です。
- 割増退職金をどこに置いておくか。すぐ運用に回すべきか、しばらく待つべきか
- 企業年金を一時金で受け取るか、年金形式で受け取るか
- 確定拠出年金の移換手続き(退職後6か月以内にしないと自動移換になります)
- 健康保険と国民年金の切り替え、そして翌年に来る住民税
- 失業給付を受けるか、すぐ次に就くか
制度の詳しい確認ポイントは、早期退職に応募すべきか|決める前に確認する6つのポイントをFPが解説にまとめました。応募をこれから決める方も、すでに退職された方も、こちらをご覧ください。
同じ制度で辞めた人間に、そのまま話せる場所として使っていただければと思います。売り込みのためのご相談ではありません。何から手をつけるべきかの整理だけでも構いません。初回相談は90分無料、その後1年間の伴走サポートも無料です。
よくある質問
早期退職を決めるとき、いちばん大事な判断基準は何でしたか?
割増退職金の額は決め手になりましたか?
家族にはどのように話しましたか?
応募を決めたのはいつですか?
退職から開業まで、間を空けなかったのですか?
辞めて後悔していませんか?
会社に残った人についてどう思いますか?
前職についてどう思っていますか?
いま同じ立場の人に、何を伝えたいですか?
すでに早期退職しましたが、相談できますか?
東京・渋谷のFP事務所FPisが選ばれる理由
FP事務所FPis(エフピス)は、東京都渋谷区に拠点を置く独立系FP事務所です。代表の石田健雄は第一生命に35年勤務し、100世帯超のお客様のお金の課題に向き合ってきた実績を持ちます。FP相談・保険・証券をワンストップで提供します。
石田 健雄(いしだ たけお)|FP事務所FPis代表
CFP・1級FP技能士。第一生命に35年間勤務後、2025年4月に独立開業。100世帯超のライフプラン・保険・資産運用・相続をサポート。渋谷区渋谷2-19-19 ワコー宮益坂ビル5階。対面・オンライン・LINE・電話で対応。
対応エリア:東京都渋谷区周辺・首都圏全域(オンライン可)
「70歳まで働き続けたい。
だからこそ、今このタイミングで独立するべきだ」
石田は第一生命に35年間勤め、本社所属のFPとして多くのお客様に向き合ってきました。40代で個人向け営業の最前線に立った4年間は「会社人生で最も充実していた」と振り返るほど手応えのある日々でした。
とりわけ印象に残っているのが、ご家族への寄り添いサポートです。複雑な手続きを一緒に進めてさしあげると「本当に助かりました」と感謝の言葉をいただきました。「お客様の役に立てる喜び」——その体験が石田の原点です。
2025年3月末に第一生命を退社し、翌4月1日にFPis(エフピス)の看板を掲げました。
📰 出典:「第一生命『黒字リストラ』1000人募集に約2倍応募」(日経BP / Human Capital Online)
FPisが提供できる5つの強み
- 独立系の中立性:保険会社・証券会社・銀行のいずれにも属さず、お客様の利益を最優先
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📍 FP事務所FPis(エフピス)
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本記事は代表・石田健雄自身の経験にもとづく記録であり、特定の金融商品の購入・売却を推奨するものではありません。制度の内容や数値は2026年8月時点の情報にもとづきます。早期退職制度の条件は企業ごとに異なり、税務・社会保険の取扱いは個別の事情により変わります。個別の税務・法律に関するご判断は、税理士・弁護士などの専門家にご相談ください。
【参考】「第一生命『黒字リストラ』1000人募集に約2倍応募。50代元社員らが決断を語る」(日経BP/Human Capital Online、2026年1月27日)

