取り崩す金額はどう決めるか|定額と定率の使い分け
「いくらまで使っていいのか、わからない」——退職が近づいた方から、いちばん多くいただくご相談です。貯めるときの目標ははっきりしていたのに、使う段階になると基準が消えてしまう。結果として、不安だから使わないか、不安なまま使うかのどちらかに寄りがちです。取り崩しには、金額の決め方が大きく2つあります。この記事では、その2つを比べたうえで、ご自身に合う決め方を選ぶ手順をご紹介します。
📌 この記事の要点
- 取り崩しの決め方は大きく定額と定率の2つです。定額は生活が読みやすく、定率は資産が尽きにくい方向に働きます。
- 定額だけで続けると、相場が下がった年に同じ金額を売る口数が増えるため、資産の減り方が大きくなりやすくなります。
- よく紹介される「4%ルール」は米国の過去データをもとにした研究が出発点で、日本の税・社会保険料・年金の受け取り方を織り込んだ数字ではありません。
- 現実的なのは、下限を定額で確保し、上乗せ分を定率で動かす組み合わせです。生活の土台を崩さずに調整の余地を残せます。
- 年金が始まる前と後では取り崩す金額が変わります。つなぎ期間と本番を分けて金額を設計しておくと、判断が楽になります。
取り崩しの金額を決める2つの方法|定額と定率のちがい
取り崩しの決め方は、毎年同じ金額を引き出す定額方式と、その年の残高に一定割合をかけて引き出す定率方式に分かれます。定額は生活費が読みやすく、定率は残高に連動するため資産が尽きにくい方向に働きます。
取り崩しの方法は数多く紹介されていますが、金額の決め方という点では、次の2つに整理できます。
| 方式 | 金額の決め方 | 向いている場面 |
|---|---|---|
| 定額 | 毎年同じ金額(例:年180万円)を引き出す | 生活費の不足額がはっきりしていて、金額を動かしたくない場合 |
| 定率 | その年の残高に一定割合(例:4%)をかけた額を引き出す | 資産を長く残したい、相場に応じて生活を調整できる場合 |
どちらが優れているという話ではありません。読みやすさを取るか、資産の持ちを取るかという、方向性のちがいです。
同じ資産でも減り方が変わる
2,000万円の資産から、年80万円(定額)または残高の4%(定率)を引き出すとします。運用がうまくいっている年は、どちらもほぼ同じ金額です。差が出るのは、資産が下がった年です。
| 資産が1,500万円に下がった年 | 定額 | 定率4% |
|---|---|---|
| その年に引き出す額 | 80万円 | 60万円 |
| 残高に対する比率 | 約5.3% | 4.0% |
| 翌年に残る額 | 1,420万円 | 1,440万円 |
1年だけ見れば20万円の差です。ただし下落が数年続くと、定額のほうは残高に対する取り崩し比率が上がり続けるため、差は広がっていきます。
定額で取り崩す場合|生活費から逆算する決め方
定額方式では、年金などの定期収入で足りない金額を先に出し、その不足額を毎年の取り崩し額とします。生活が読みやすい反面、下落した年も同じ金額を売ることになる点が弱みです。
定額の金額は、資産のほうから決めるのではなく、家計の不足額から決めます。
📌 定額の金額を出す式
年間の支出 -(公的年金の手取り+その他の定期収入)= 年間の不足額 = 取り崩し額
入れ忘れやすい支出
- 毎月ではない支出:固定資産税、自動車の保険と車検、家電の買い替え、住宅の修繕
- 社会保険料:国民健康保険料と介護保険料は前年の所得で決まるため、退職の翌年に重くなることがあります
- 住民税:こちらも前年の所得が基準です
月ごとの生活費だけで計算すると、年単位の支出がまるごと抜け落ちます。年間ベースで出すことをお勧めしています。
定額の弱み
定額のむずかしさは、相場が下がった年に表れます。同じ80万円を引き出すために、基準価額が下がったぶん売却する口数が増えます。その口数は、相場が戻っても手元に返ってきません。取り崩しを始めた直後に大きな下落が来た場合、この影響がとくに残りやすくなります。
定率で取り崩す場合|資産に連動させる決め方
定率方式は残高に割合をかけるため、下がった年は引き出す額も自動的に減ります。資産は尽きにくくなる一方、生活費が毎年変わるので、変動を受け止められる家計かどうかが前提になります。
定率のいちばんの利点は、調整を自分で判断しなくてよいことです。残高に割合をかけるだけなので、下がった年は引き出す額も自動的に下がります。
定率で生活費が動く幅
| 年 | 年初の残高 | 4%で引き出す額 | 月あたり |
|---|---|---|---|
| 1年目 | 2,000万円 | 80万円 | 約6.7万円 |
| 2年目(3割下落後) | 1,400万円 | 56万円 | 約4.7万円 |
| 3年目(一部回復) | 1,600万円 | 64万円 | 約5.3万円 |
月6.7万円が4.7万円まで下がる年があります。この幅を受け止められる家計かどうかが、定率を選べるかの分かれ目です。
⚠️ 定率は「資産が尽きにくい」方向に働く方法ですが、資産が尽きないことを保証する方法ではありません。引き出しを続けるあいだ運用も続くため、残高は市場の動きによって変わります。
「4%ルール」を日本の50代がそのまま使えない理由
4%ルールは米国の過去の市場データをもとにした研究が出発点です。日本では税・社会保険料の負担、公的年金の受け取り方、為替の影響が加わるため、割合をそのまま当てはめる前に前提の確認が必要になります。
取り崩しの話では「毎年4%なら資産が長持ちする」という説明をよく目にします。出発点は、米国の株式と債券の過去の値動きを使い、30年の取り崩しに耐えられた引き出し率を調べた研究です。考え方としては参考になります。
前提が変わる点
| 項目 | 元の研究の前提 | 日本で考えるとき |
|---|---|---|
| 取り崩し期間 | 30年 | 65歳から95歳までなら30年。より長く見る方も増えています |
| 税 | 引き出し額は税引き前 | 課税口座の売却益には約20%の税がかかります。NISA口座は非課税です |
| 公的年金 | 織り込まれていません | 日本では年金が生活費の土台になるため、資産から引き出す割合は下げられます |
| 社会保険料 | 織り込まれていません | 所得によって国民健康保険料・介護保険料が変わります |
| 通貨 | ドル建て | 外貨建て資産には為替の影響が加わります |
とくに大きいのが公的年金です。生活費の土台が年金で埋まっているなら、資産から引き出す必要のある割合は4%より小さくなることもあります。逆に年金の受け取りを繰り下げている期間は、一時的に4%を超える引き出しが必要になる場合もあります。
数字を借りてくるより、ご自身の不足額から逆算するほうが実際には使いやすい、と考えています。
下がった年にどう調整するか|取り崩し額を動かすルール
相場が下がった年に取り崩しを止めずに済ませるには、値動きのない資金を数年分用意しておく方法と、上乗せ分だけを減らす方法があります。どちらも下がる前に決めておくことが前提です。
下がった年に何をするかは、下がる前に決めておくほうがうまくいきます。下がってから考えると、不安が判断に混じります。
方法1:値動きのない資金を数年分持つ
生活費の2〜3年分を預金や個人向け国債など値動きの小さいところに置いておき、相場が下がった年はそこから使います。運用資産を売らずに済むため、回復を待てます。
方法2:取り崩し額を「下限+上乗せ」に分ける
生活に欠かせない金額を下限として定額で確保し、それを超える分(旅行、住宅の修繕、贈りものなど)を定率にして、下がった年は上乗せ分から削ります。
| 区分 | 金額の例 | 下落した年の扱い |
|---|---|---|
| 下限(定額) | 年120万円 | 維持します |
| 上乗せ(定率) | 残高の2%(年40万円程度) | 残高に応じて減らします |
方法3:上限と下限をつけた定率
定率で計算した額に「前年比でマイナス10%までしか下げない/プラス5%までしか上げない」という枠をつける考え方もあります。生活費の変動をやわらげつつ、残高への連動も残せます。
📌 決めておくことは3つだけです
①下限の金額 ②何を見て金額を決め直すか(残高か、家計か) ③見直しの回数(年1回など)
年金が始まる前と後で金額は変わる|つなぎ期間の考え方
60歳から年金開始までの期間は、資産からの取り崩しが収入の主軸になります。年金が始まると不足額が下がるため、つなぎ期間と本番で取り崩し額を分けて設計します。
取り崩し額を1つの数字で決めようとすると、無理が出ます。収入の形が途中で変わるためです。
| 時期 | 収入の形 | 取り崩しの位置づけ |
|---|---|---|
| 60〜64歳 | 再雇用の給与、または収入なし | 不足額が大きく、取り崩しが主軸になりやすい |
| 65歳〜(繰り下げなし) | 公的年金が土台 | 不足額が下がり、取り崩し額も下げられる |
| 繰り下げる場合 | 受け取り開始まで年金なし | その期間だけ取り崩しが増え、開始後に大きく下がる |
繰り下げを選ぶ場合、待っている期間の取り崩しが一時的に大きくなります。その期間をどの資金でまかなうかを決めないまま繰り下げると、値動きのある資産を下落局面で売ることになりかねません。
つなぎ期間の生活費は、値動きの小さいところに分けて置いておく考え方をご紹介しています。
取り崩しの金額を決める手順|書き出す5つの数字
取り崩し額は、年間支出、年金の手取り見込み、不足額、値動きのない資金の残高、運用資産の残高という5つの数字がそろえば決められます。50代のうちに書き出しておくと判断が早くなります。
紙1枚で足ります。次の5つを書き出してください。
- 年間の支出(毎月ではない支出も入れた年額)
- 公的年金の手取り見込み(ねんきん定期便の見込額から、税と社会保険料を引いたおよその額)
- 年間の不足額(①-②)
- 値動きのない資金(預金、個人向け国債など)
- 運用資産(投資信託、株式、外貨建ての保険など)
この5つから決まること
- ③が取り崩しの下限になります
- ④が③の何年分あるかが、下落に耐えられる年数の目安になります
- ③÷⑤が、いま必要な取り崩し比率です。これが5%を大きく超えるなら、支出か働き方のどちらかを見直す余地があります
⚠️ ここで出るのは目安です。実際には、退職金の受け取り方、住宅の修繕時期、ご家族の状況によって前提が変わります。数字を出したあとに、前提のほうを点検することをお勧めします。
35年の実務のなかで感じているのは、この5つが書けているかどうかで、退職後の判断の速さがはっきり変わるということです。金額を当てることよりも、決め方を持っているかどうかのほうが効いてきます。
取り崩す金額についてよくあるご質問
取り崩しの金額に関して、退職前後の方からいただくご質問をまとめました。定額と定率の選び方、口座の順番、税や社会保険料への影響などを扱っています。
定額と定率、どちらから始めるのがよいですか。
4%という数字を使ってはいけないのですか。
どの口座から取り崩すのがよいですか。
取り崩しを始めたら、運用はやめるべきですか。
取り崩した金額に税金はかかりますか。
取り崩しが社会保険料に影響することはありますか。
下がった年は取り崩しを止めたほうがよいですか。
毎年見直すのは大変です。回数を減らせますか。
配偶者と別々に取り崩したほうがよいですか。
取り崩し額が足りないとわかったら、何から手をつけますか。
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本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の投資判断・契約の勧誘・税務および法律に関する助言を目的とするものではありません。掲載している制度・税制・料率は執筆時点の情報にもとづいており、今後の制度改正により取り扱いが変わる場合があります。
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FP事務所FPis/代表 石田健雄(CFP・1級FP技能士)。所属先を通じて生命保険・損害保険・金融商品仲介の募集人として登録しています。

