退職金は一時金か年金受け取りか|手取りで比べる
「一時金と年金、どちらで受け取ればいいですか」——退職の手続きが始まった方から、決まってこのご質問をいただきます。会社から渡される説明書には両方の金額が書かれていますが、手取りがいくら違うのかは書かれていません。しかも一度選ぶと、あとから変えられない会社が多くあります。この記事では、税と社会保険料の両方を織り込んで比べるための手順をご紹介します。
📌 この記事の要点
- 一時金は退職所得控除が使え、控除を超えた部分も課税対象が半分になるため、税の負担が軽くなりやすい仕組みです。
- 年金受け取りは公的年金等控除の対象ですが、公的年金と合算されるため控除を使い切りやすく、社会保険料の算定にも影響します。
- 勤続35年なら退職所得控除は1,850万円です。退職金がこの枠に収まるなら、一時金の税負担はかなり小さくなります。
- 年金受け取りには据置期間の利息が付く制度もあります。税と社会保険料の増加分より利息が大きければ、年金のほうが残ることもあります。
- iDeCoや企業型DCを一時金で受け取る予定がある方は、受け取る年の間隔で退職所得控除の扱いが変わります。先に確認が要る部分です。
退職金の受け取り方は3通り|一時金・年金・併用
退職金の受け取り方には、全額を一括で受け取る一時金、分割して受け取る年金形式、両方を組み合わせる併用があります。選べる範囲と変更の可否は会社の制度によって異なります。
まず、ご自身の会社で何が選べるのかを確認します。制度によって選択肢の幅が大きく異なります。
| 受け取り方 | 内容 | 税の区分 |
|---|---|---|
| 一時金 | 退職時に全額を一括で受け取る | 退職所得(分離課税) |
| 年金 | 5年・10年・20年などに分けて受け取る | 雑所得(公的年金等) |
| 併用 | 一部を一時金、残りを年金で受け取る | それぞれの区分 |
会社に確認しておく5点
- 併用ができるか、できるならその割合(半分ずつ、7対3など)
- 年金の期間(5年、10年、20年、終身のどれが選べるか)
- 据置期間の利息(予定利率)が何%か
- 選択の期限と、あとから変更できるか
- 受取人がお亡くなりになった場合の残額の扱い
📌 予定利率は判断を大きく変えます
年金受け取りを選ぶと、まだ受け取っていない部分に利息が付く制度があります。この利率が高い場合、税と社会保険料が増えても年金のほうが手元に残ることがあります。逆に利率がごく低い制度では、一時金のほうが残りやすくなります。この数字は会社の説明書に書かれていることが多いので、先に探してみてください。
一時金の税金|退職所得控除で大きく減る仕組み
一時金には勤続年数に応じた退職所得控除が使えます。控除を超えた部分についても、課税対象となる金額が原則として半分になるため、同じ金額の給与と比べて税負担が軽くなります。
退職所得控除の計算
| 勤続年数 | 控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(下限80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 - 20年) |
勤続年数の1年未満の端数は切り上げます。
| 勤続年数 | 退職所得控除 |
|---|---|
| 25年 | 1,150万円 |
| 30年 | 1,500万円 |
| 35年 | 1,850万円 |
| 38年 | 2,060万円 |
課税される金額の出し方
📌 課税退職所得金額 =(退職金 - 退職所得控除)× 1/2
控除を超えた部分も、課税対象になるのは半分です。ここに所得税と住民税がかかります。他の所得と合算されない分離課税のため、その年の給与や年金の額に引っ張られません。
勤続35年・退職金2,000万円の場合
- 退職所得控除:800万円+70万円×15年=1,850万円
- 控除後:2,000万円-1,850万円=150万円
- 課税退職所得:150万円×1/2=75万円
- 所得税:75万円×5%=3.75万円(+復興特別所得税)
- 住民税:75万円×10%=7.5万円
- 合計の税:約11万円台/手取りは約1,988万円
2,000万円を受け取って税が11万円台です。退職所得控除の枠に収まる範囲なら、一時金の税負担はかなり小さくなります。
⚠️ 勤続5年以下の役員退職金や、いわゆる短期退職手当等には1/2を適用しない取り扱いがあります。また制度改正により計算方法が変わる場合があります。実際の税額は勤務先または税理士にご確認ください。
年金受け取りの税金|公的年金等控除と社会保険料
年金形式で受け取ると公的年金等控除の対象になりますが、公的年金と合算して控除額が決まるため使い切りやすくなります。さらに国民健康保険料や介護保険料の算定にも影響します。
年金受け取りは、税の区分が変わります。雑所得(公的年金等)として扱われ、公的年金等控除が使えます。
公的年金等控除の目安(65歳以上・公的年金等以外の所得が1,000万円以下の場合)
| 公的年金等の収入金額 | 控除額 |
|---|---|
| 330万円未満 | 110万円 |
| 330万円以上410万円未満 | 収入 × 25% + 27.5万円 |
| 410万円以上770万円未満 | 収入 × 15% + 68.5万円 |
65歳未満は控除額が小さく(収入130万円未満で60万円)なります。※執筆時点の内容です。
⚠️ ここが見落とされやすい点です。公的年金等控除は、公的年金と企業年金を合算した収入に対して1つだけ使えます。公的年金だけで年180万円を受け取っている方が、企業年金で年200万円を受け取ると、合計380万円に対する控除は約122.5万円です。企業年金のために新しく110万円の控除が増えるわけではありません。
社会保険料への影響
年金受け取りは雑所得として総所得金額に含まれます。国民健康保険料と介護保険料は所得を基礎に計算されるため、年金で受け取る期間は保険料が上がる方向に働きます。
| 一時金 | 年金受け取り | |
|---|---|---|
| 税の区分 | 退職所得(分離課税) | 雑所得(総合課税) |
| 使える控除 | 退職所得控除+1/2課税 | 公的年金等控除(公的年金と合算) |
| 国民健康保険料・介護保険料 | 算定の基礎に含まれません | 算定の基礎に含まれます |
| 医療費の窓口負担割合 | 影響しにくい | 所得が上がれば割合が変わる場合があります |
| 据置分の利息 | 付きません | 制度により付きます |
勤続35年・退職金2,000万円で比べると
同じ退職金でも、一時金と10年の年金受け取りでは税と社会保険料の合計が変わります。据置期間の利息が加わるため、利率の水準によって結論が入れ替わります。
条件をそろえて並べてみます。勤続35年、退職金2,000万円、公的年金は65歳から年180万円、65歳から受け取り開始とします。
ケースA:全額を一時金で受け取る
- 税:約11万円台
- 国民健康保険料・介護保険料への影響:ありません
- 受け取る総額:約1,988万円
ケースB:全額を10年の年金で受け取る(予定利率0.5%の場合)
- 年間の受取額:利息を含めて約205万円
- 公的年金180万円と合算すると年385万円。控除は約124万円、雑所得は約261万円
- 所得税・住民税:年に十数万円程度(他の控除により変わります)
- 国民健康保険料・介護保険料の増加:年に十数万円程度(お住まいの自治体により変わります)
- 10年分の増加分を引いた残り:一時金と大きな差がつきにくい水準
ケースC:全額を10年の年金で受け取る(予定利率1.5%の場合)
- 利息が大きくなるため、税と社会保険料の増加を上回る可能性が出てきます
- この水準の利率が用意されている制度なら、年金受け取りを検討する価値があります
ケースD:併用(一時金1,850万円+残り150万円を年金)
- 一時金部分が退職所得控除の枠にちょうど収まるため、税がかかりません
- 年金部分は少額のため、社会保険料への影響も小さくなります
- 控除の枠を使い切りつつ、利息も一部受け取れる形です
📌 併用が選べるなら、まず考えたい形
退職所得控除の枠までを一時金で、超える部分を年金で受け取る。この組み合わせが、税の面ではもっとも整理しやすい形になります。ただし会社の制度で割合が決まっている場合は選べません。
⚠️ 上の数字は考え方を示すための概算です。実際の税額と社会保険料は、他の所得、ご家族の状況、お住まいの自治体の料率によって変わります。ご自身の金額での計算は、税理士または勤務先の担当部署にご確認ください。
一時金が向きやすい人/年金が向きやすい人
退職所得控除の枠に収まるか、公的年金の額が大きいか、まとまった使い道があるかによって向き不向きが変わります。予定利率の水準も判断材料になります。
一時金が向きやすい場合
- 退職金が退職所得控除の枠に収まる:税負担がごく小さくなります
- 公的年金の額が大きい:年金受け取りを加えると控除を使い切り、社会保険料も上がりやすくなります
- 据置期間の予定利率が低い:待つ利点が小さくなります
- 使い道が決まっている:住宅ローンの繰上返済、住宅の修繕、お子さんの結婚など
- ご自身で運用したい:受け取ったあとの置き方を自分で決められます
年金受け取りが向きやすい場合
- 予定利率が高い制度がある:税と社会保険料の増加を上回る可能性があります
- 公的年金の額が小さい:控除の枠に余裕があります
- まとまったお金を手元に置くと使ってしまいそう:分けて受け取ることで、使うペースが保たれます
- 年金の受け取りを繰り下げる予定:待っている期間の収入として使えます
迷ったときの見方
比べる数字は1つに絞れます。
📌 (年金受け取りで増える利息の合計)と(増える税+増える社会保険料の合計)のどちらが大きいか
利息が大きければ年金、そうでなければ一時金。この比較なら、会社の説明書とお住まいの自治体の料率で確かめられます。
iDeCoや企業型DCがある場合に気をつける期間
iDeCoや企業型確定拠出年金を一時金で受け取る場合、退職金を受け取った年との間隔によって退職所得控除の扱いが変わります。受け取る順序と年をあらかじめ確認しておく必要があります。
退職金のほかにiDeCoや企業型DCをお持ちの方は、受け取る年の並べ方で税額が変わります。
仕組みの考え方
退職所得控除は、退職金とiDeCoの一時金でそれぞれ満額を使えるわけではありません。同じ年、または近い年に受け取ると、勤続年数と加入年数の重なる期間について控除が調整されます。
| 受け取る順序 | 調整の考え方 |
|---|---|
| 先にiDeCoの一時金、あとに退職金 | 一定の年数の範囲内だと、退職金側の控除が調整されます |
| 先に退職金、あとにiDeCoの一時金 | 19年の範囲内だと、iDeCo側の控除が調整されます |
⚠️ この期間の取り扱いは近年の税制改正で見直されています。何年空ければどうなるかは、受け取る時点のルールで判断が変わります。iDeCoや企業型DCの受け取りをご検討中の方は、受け取る前に税理士または運営管理機関にご確認ください。金額が大きくなるほど、ここでの差も大きくなります。
先に確認しておくこと
- iDeCo・企業型DCの加入年数(何年何月から)
- 退職金の支給予定日
- iDeCoを一時金で受け取るのか、年金で受け取るのか(年金なら退職所得控除とは別の扱いになります)
- iDeCoの受け取り開始を遅らせられるか、その場合の手数料
決める前に確認する5つのこと
受け取り方を決める前に、勤続年数、退職所得控除の額、予定利率、公的年金の見込額、iDeCoの加入年数の5つを書き出します。これがそろえば手取りの比較ができます。
- 勤続年数(1年未満は切り上げ)と、そこから出る退職所得控除の額
- 退職金の総額と、控除を超える部分がいくらか
- 年金受け取りの予定利率と、選べる期間(会社の説明書に記載があります)
- 公的年金の見込額(ねんきん定期便の数字)と、受け取り開始の予定年齢
- iDeCo・企業型DCの加入年数と、受け取り方の予定
この5つでわかること
- ①と②から、一時金の税額がほぼ出ます
- ③と④から、年金受け取りの利息と、増える税・社会保険料が比べられます
- ②と①の差から、併用にしたときの最適な一時金の額が見えます
- ⑤から、受け取る順序を調整する必要があるかがわかります
35年の実務のなかで、この選択をあとから悔やまれるお声をうかがうことがありました。多くは、社会保険料の増加が計算に入っていなかったケースです。税だけで比べると年金が有利に見えることがあり、実際に受け取り始めてから保険料の通知に驚かれる形です。
選択の期限は、会社によっては退職の数か月前です。退職が決まった時点で、この5つを書き出しておくことをお勧めしています。
退職金の受け取り方についてよくあるご質問
一時金と年金受け取りの選択について、退職前後の方からいただくご質問をまとめました。税、社会保険料、iDeCoとの関係、選択の期限を扱っています。
一時金と年金、どちらが得ですか。
あとから受け取り方を変えられますか。
併用はどのくらいの割合にするのがよいですか。
年金受け取りにすると健康保険料はどのくらい上がりますか。
退職所得控除の勤続年数はどう数えますか。
退職金に社会保険料はかかりますか。
iDeCoと退職金を同じ年に受け取ると不利ですか。
確定申告は必要ですか。
受け取ったあと、すぐに運用を始めるべきですか。
受取人がお亡くなりになった場合、年金の残りはどうなりますか。
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